10年くらい前、友だちと2人でプーケットに遊びに来ました。確か3回目の滞在でしたが、そのとき事件に巻き込まれ、大金を取られてしまいました。
警察に届け出たのですが、外国人でタイ語も話せませんでしたから、あまり相手にされず、困っていたら、何人かのタイ人が助けてくれて、その中の1人に彼がいました。
私自身、状況がはっきりと分かっておらず、うまく説明することができなかったのですが、彼は捜査のようなことまでしてくれて、助けてくれました。
一緒に来た友人は予定通りの日程で帰国しましたが、私は残って彼と一緒に犯人を探しました。オープン・チケットの期限(1ヶ月)いっぱい滞在しましたが、結局、このときは犯人を捕まえることはできませんでした。
日本に帰って、事件のことは諦めていましたが、彼のことは、よく思い出しました。「親切な、いい人だったなあ・・・」と、またプーケットに行きたくなりました。
日本の男性は恥ずかしがりやが多いように思いますが、彼のストレートな(愛情)表現が新鮮に感じました。言葉の壁があるのに理解しようとしてくれて、「お巡りさんより、ちゃんとしている人がいるんだ・・・」と思いました。ですから、次にプーケットに行ったときは、「彼に会いたい」というのが目的でした。
2度目のプーケットは、しばらくは何もせず、ぶらぶらしていましたが、パトンビーチを歩いていたら、偶然、犯人と出くわしました。びっくりしましたが、当時は携帯を持っていませんでしたから、慌てて彼の友だちのところまで走っていき、彼と連絡を取ってもらいましたが、彼が駆けつけてきたときには、既に犯人の姿は見あたりませんでした。
残念ながら、とり逃がしてしまいましたが、そのことを前回一緒にプーケットに来た友人にメールで報告しようとオーシャン・ショッピング・センターの向かい側にあったインターネット・カフェに行くと、そこで、再び犯人に遭遇しました。
また走って彼の友人のところまでいき、私は現場から離れたまま、まだ戻っていませんでしたが、飛んできてくれた彼が犯人たちを発見し、会ったこともないのに、警察で見たATMの防犯カメラの映像で容疑者の顔を覚えていたようで(この人、刑事か!)、2人組の女性をその場で逮捕、通りかかったトゥクトゥクを止めて、運転手に「警察だ!署まで行ってくれ!」と嘘をつき、運賃も払わず連行していったそうです。
犯人グループは外国人でした。男女に分かれて行動していたようで、狙いを定めるのが女、実行するのが男と役割分担していました。捕まえた女に口を割らせ、別の場所にいた男2人も逮捕できましたが、主犯格の男は見つかりませんでした。その後、2,3年、懲役に入ったようです。
その後は、彼の紹介でツアーインフォやタイム・シェアの仕事をしたり、そこで知り合った高学歴の人に就職活動を教えてもらい、タボンビーチビレッジで数年、エバソン・プーケットで1年働きました。その後は主婦ですが、主人がパンヤー・レストランの隣でガソリンスタンドをやっています。
草場さんは、プーケット日本人補習授業校で教務主任を務めておられます。今後の補習校のあり方や方向性をお尋ねすると・・。
学校(勉強だけでなく日本の伝統・文化を教えたり、グループ活動の指導等も行う)としてやっていくのか、学習塾のような形(国語学習中心)にするかは、難しい選択です。今は中間くらいでしょうか。一保護者としては、学校として、やっていってほしいです。毎週土曜日は日本の学校に行くというスタイルがいいと思います。
もっと勉強がやりたい家庭は家でやって、あまり勉強しない子も、土曜日は学校で日本語に触れればいいのではないでしょうか。
また、これまでは記録の管理がずさんだったので、自分の次に先生をやる人のために資料を残したいです。自分が先生をやり始めたときは何もなかったから大変でした。
今年度から毎週、日誌を発行しています。担任の先生による授業内容の説明や宿題等について書かれています。保護者のアンケートでも好評でした。
先生の数に余裕があれば、もっと細かくクラス分けをしたいですね。
子育ては、特に注意していることはありません。ご飯をたっぷり食べさせることくらいでしょうか。栄養士の仕事をしていましたから、栄養には注意しています。
最近、韓国ドラマをよく見ます。子どもが寝て、静かになったとき、1人で見るのが楽しみです。切ないところが、いいですね。友人にも、韓流のファンが数人いて、よく語り合っています。出演者がイケメンのところも気に入っています。なんとなく、「うすい」感じがいいですね。色も白くて新鮮な感じで、清潔感があります。
夢はマイホームです。家を買いたいですね。2階建てで、一階が大きくて、2階に3部屋くらいあって・・・。カトゥーのあたりで買えればいいんですが。
最後に、プーケットで暮らすきっかけを作った犯人グループについて尋ねると・・・。
犯人グループは出所後に国外退去処分になりタイには戻ってこれないようです。別に、もう一度会いたいとは思いませんが、彼らがいなければ、主人と結婚できませんでしたし、今の暮らしもなかったでしょう。事件のとき捜査を担当した警察官がその後出世して、お店を出すときの営業許可も取ってくれました。高額のお金を奪われ、嫌な思いもしましたが、結婚紹介センターにお金を払ったような気持ちでいます。
犯人たちを最後に見たのは裁判所でした。留置場の暮らしは大変なのか、すごく痩せて可哀想でした。犯罪はいけないことですが、もしかしたら、彼らは、(私や家族にとって)すごくいいことをしてくれたのかもしれませんね。

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